マウント・アルバータとアイスアックス

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マウントアルバータと日本
日本ではあまり知られていないロッキーの山と日本とが関わる密接なエピソードをご紹介します。ジャスパーから93号線(アイスフィールドパークウェイ)を南下。バンフ・レイクルイーズ方面に向かい、コロンビア大氷原に到達する手前にマウント・アルバータがあります。 残念ながら、一般の観光ルートからこの山を見ることはできませんが、位置的にはちょうどコロンビア大氷原の中の一つであるスタットフィールド氷河の奥にあたります。(下右図参照)

マウント・アルバータとアイスアックス

1925年、日本初の海外遠征隊である槙 有恒(マキアリツネ)隊長率いる日本人6名、スイス人ガイド2名のパーティは横浜から船に乗り、太平洋を横断しバンクーバーに到着。バンクーバーからカナダ国有鉄道(カナディアン・ナショナル)に乗り、ジャスパー駅で下車し、現在のジャスパー・パークロッジに宿泊、当時、「魔の山」と言われたほど登頂の難しい山、マウント・アルバータをめざしました。何分にもこの国道が建設される以前のことなので、シェルターを雇い何日も歩き、当時最も登頂に困難を極めるというマウント・アルバータ初登頂に見事成功。槙隊長をはじめ登山隊一行は、登頂した証拠として細川護立公爵から頂戴した『菊の紋章』入りのアイスアックスを頂上に置き、『我、此処にあり。』という置き手紙を残し、下山しました。

当時、こういう登山隊の一行は、遠征を前もってラジオで報告し、新聞に載せて出発したものですが、槙隊長は一言もなく日本を出発し、そして帰国しました。

その後、1948年にアメリカのアパラチア山岳隊は、新聞・ラジオに発表してマウント・アルバータへ出発、そして登頂に成功しました。ところが、頂上でそれよりも遙か以前に登頂に成功していた槙氏の残したアイスアックスを発見し、登頂に成功したことに一言も触れずに現在にいたった事実に接し、『何と、 奥ゆかしい人でしょう!』と世界中の登山家を驚かせたのです。

もう一方で、頂上に取り残されていた部分はどうなっていたかと言うと、1965年に長野高校山岳部が最登頂し、掘り出し日本に持ち帰ってきていました。二つに分かれたアイスアックスはカナダと日本でそれぞれ保存され、1995年までお互いに残りの部分が存在していたことを知りませんでした。アイスアックスには「MTH」のイニシャルがあり、この中に「H」があることにより、もともと昭和天皇(当時HIROHITOの名前で世界的に有名だった)のものだと考えられていたところへ、1925年は大正14年にあたり、大正天皇のお名前の明宮(はるのみや)からきているのではないかという説もあがりました。

さて、頂上で発見されたアイスアックスですが、アパラチア山岳隊はこれを掘り出そうと試みたものの、途中で折れてしまい、上部3/4の部分を故国に持ち帰りました。その後それはニューヨークにあるアメリカ山岳会のホールに展示されていましたが、1995年になって、再びジャスパーに戻されました。

そこにきて1997年、そのアイスアックスが、当時スイスのメーカーが特別に作成したもので、依頼主が細川護立(MORITATSU)公爵であることがわかり、そのイニシャルの「MTH」の由来が判明したというわけです。

アイスフィールドパークウェイ地図

そして1998年に行われた日本山岳会年次晩散会には、皇太子殿下や当時の橋本首相なども参加される中、カナダ山岳協会も招かれ、日加両国の山岳記念式典が行われました。そこでこの両国が持ち寄ったそれぞれのアイスアックスの折れた部分を合わせ、初めてスポットライトを浴びることになったわけです。約50年という歳月を経ても、分かれていたアイスアックスはピッタリと合いました。(日本山岳会資料による)

この式典でカナダ山岳協会から合同記念登頂の提案がなされ、実現したのが初登頂から数えて75周年めにあたる2000年の8月。75周年記念登山として、槇隊長率いる初登頂隊が宿泊地としたジャスパー・パーク・ロッジに宿泊し、登頂をめざし日加両国の山岳隊が合同チームを編成して初登ルートよりアタックしました。登頂の暁には、折れて2つに分かれたアイスアックスを頂上で合わせ、レプリカのアイスアックスを残してくる予定でした。ところが、登頂手前で天候が悪化、好天せずやむなく断念、登頂にはいたりませんでした。やはりMt.アルバータの難易度の高さの現れでしょう。

ジャスパーでは町を挙げての盛大な祝賀会が行われ、長年二つに別れて保管されていた伝説の初登頂記念アイスアックスの石突き部分が、日本山岳会よりカナダ山岳会に寄託され、75年ぶりに一つの形となって、ジャスパーの博物館に落ち着くことになりました。

2000年夏、ジャスパーにて
MAGNEX INTERNATIONAL

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