イデスキャベルについて
この山の名前は4回変わっています。その昔、土地のインディアンたちは『白い幽霊』と呼んでいました。1800年代に入り、フランス系毛皮商人たちの間で、『LA MONTAGNE DE LA GRANDE TRAVERSE/MOUNTAIN OF THE GREAT CROSSING(この土地を通り抜ける時の目印の山)』と呼ばれ、1907年に現在のジャスパーが「フィッツ・ヒュー」となったときには『マウント・フィッツ・ヒュー』と改名され、1916年、カナダの地図政策機関に雇われたA.0.ウイーラー氏により、『マウント・イデス・キャベル』と命名され、現在にいたります。「イデス・キャベル」とは、第一次世界大戦中、ベルギーのブリュッセルに駐屯していた英国の従軍看護婦の名前です。同時に彼女は、当時看護学校の先生でもありました。大戦中、ドイツ軍の指揮下に落ちたベルギーで、赤十字の看護婦として偽って残り、ドイツ軍の捕虜収容所から、特に英国軍将校たちの脱走を助けていました。1915年8月15日に彼女はスパイ容疑によりドイツ軍に逮捕され、軍法会議で有罪になり、同年10月12日午前2時に52歳で処刑されました。イギリス連邦で、第一次大戦、第二次大戦、そして朝鮮戦争の3つの戦争で一番栄誉のあった人に贈られた最高の勲章を『ビクトリア・クロス勲章』といいますが、女性の地位が極めて低かった当時に、女性として初めてこの勲章を貰った人としてでも有名です。この山を名付けたA.O.ウイーラー氏が、天使がちょうど羽根を広げたような形の氷河『天使の氷河』を発見し、彼女の名前を正式に地図に載せたわけです。