マウントイデスキャベル(ジャスパー国立公園)の歴史をご紹介します。

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ロッキーのツアー
Mt. Edith Cavell 探索ツアー
お客様ご自身で設定されたツアーのご紹介です。
さあ、出かけましょう。イデスキャベルへ! ロッキーの記念写真は絶対にここ。特に7月から8月にかけては、高山植物が咲き乱れます。ジャスパーより往復3時間(45分の軽いハイキングを含む)の旅です。3363メートルのこの山の直ぐ下まで車で行き、往復1時間程の散歩です。
■お客様: 宮本様(東京都在住)
■ツアー参加日: 2000年7月21日
Mt. Edith Cavell 探索ツアー
Mt. Edith Cavell 探索ツアー


イデスキャベルについて

この山の名前は4回変わっています。その昔、土地のインディアンたちは『白い幽霊』と呼んでいました。1800年代に入り、フランス系毛皮商人たちの間で、『LA MONTAGNE DE LA GRANDE TRAVERSE/MOUNTAIN OF THE GREAT CROSSING(この土地を通り抜ける時の目印の山)』と呼ばれ、1907年に現在のジャスパーが「フィッツ・ヒュー」となったときには『マウント・フィッツ・ヒュー』と改名され、1916年、カナダの地図政策機関に雇われたA.0.ウイーラー氏により、『マウント・イデス・キャベル』と命名され、現在にいたります。「イデス・キャベル」とは、第一次世界大戦中、ベルギーのブリュッセルに駐屯していた英国の従軍看護婦の名前です。同時に彼女は、当時看護学校の先生でもありました。大戦中、ドイツ軍の指揮下に落ちたベルギーで、赤十字の看護婦として偽って残り、ドイツ軍の捕虜収容所から、特に英国軍将校たちの脱走を助けていました。1915年8月15日に彼女はスパイ容疑によりドイツ軍に逮捕され、軍法会議で有罪になり、同年10月12日午前2時に52歳で処刑されました。イギリス連邦で、第一次大戦、第二次大戦、そして朝鮮戦争の3つの戦争で一番栄誉のあった人に贈られた最高の勲章を『ビクトリア・クロス勲章』といいますが、女性の地位が極めて低かった当時に、女性として初めてこの勲章を貰った人としてでも有名です。この山を名付けたA.O.ウイーラー氏が、天使がちょうど羽根を広げたような形の氷河『天使の氷河』を発見し、彼女の名前を正式に地図に載せたわけです。


Mt. Edith Cavell 探索ツアー
うしろの湖面に浮かぶ氷は、崩れ落ちた氷塊。ロッキー見られるのはここだけです。
Mt. Edith Cavell 探索ツアー
天使の氷河を背景に
残念なことに、毎年氷河が溶けて、この「天使の氷河」も徐々に小さくなっています。

ツアー概要
カナディアンロッキーは縦1800キロ、横160キロの大山脈ですが、ロッキー広しと言えども、ロッキーの旅で氷河の断層が目の前で見る事ができるのはここだけ。静観な静けさの中にエンゼル氷河の溶けだした水の音がとても新鮮に聞こえてきます。溶け出した水が更にキャベル氷河の下を溶かしてその氷河の巨大なかけらが目の前のキャベル湖にプカプカ浮かんでいます。森林限界線のすぐ近くまで登って行くため、樅の木も一生懸命生きているのが見えます。何といっても迫力の一言です。

ロッキーの記念写真は絶対にイデスキャベルで。往復3時間の旅です。  散歩もきつくないのでどなたでも参加できます。ただし、ハイヒールでのご参加はお勧めできませんね。帰り道はこの山が載っている本の写真と同じアングルで記念写真タイム!最高でしょう!<Magnex International ツアーパンフレットより>


Mt. Edith Cavell 探索ツアー
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左は今回のツアーに同行したマグネックスのガイドです。

野生動物に遭遇するチャンス

鳴きウサギ、マーモット、ライチョウ、アナグマ

途中の参道にはクマ、ムースなども特別出演。

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